世界で一番弱い人
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1991年『ストリートファイターII』カプコン
スト2(1)

一つのものが口コミでヒットしていき、気がつけば世間を巻き込んで一つのムーブメントにまでなる過程を一番最初から見守るなんてことは人生の中でもそうそうあるものではありません。しかし、僕は運良くこの『ストリートファイターII』が大ヒットしていく様を最初から見守ることができました。当時、このゲームを取り巻く状況がどんな風に変わっていったかを今日はレポートします。

スト2(2)

当時大手のゲーム雑誌だった『ファミコン通信(現ファミ通)』や『ファミリーコンピューターマガジン』といったアーケード専門ではないゲーム雑誌では、最初にゲームショーで発表されたときは両誌とも「人気アーケードゲームの続編」という説明と画面写真が一枚貼られて小さく紹介されているだけでした。

当時、CPシステムの新作として近所のゲームセンターにも早々と入荷されたのですが、プレイしている人はほとんどなく、僕だけが注目してプレイしていました。といっても、「僕には先見の明があった」というわけでもなんでもなく、『ファイナルファイト』の主要キャラ、ハガーのプロフィールに「元ストリートファイター」というのがあり、それが気になって前作の『ストリートファイター』のことをよく調べていたからでした。そのぐらい当時の子供の中で『ストリートファイター』という名前の認知度が低かったのも事実です。

当時、初めてプレイした感想は「グラフィックは綺麗だけど、難しすぎる。これは『ファイナルファイト』のように大ヒットはしない」でした。いかに僕に先見の明が無いか分かってもらえると思います。(笑)

スト2(4)


そこから、一ヶ月もしないうちに『ストII』の周りには人だかりができていました。僕は「え?なんで…?」と思ったのですが、僕のようにヘタではない、上手い人のプレイを傍から見ることで、それが凄く面白いゲームだと周りの初心者も理解し始めていたのです。

そこから大ブームになるまでは本当にあっという間で、他のゲームが階段を登るように少しずつ人気を得ていくのに対して、この『ストリートファイターII』だけはまるで一つだけエレベーターにでも乗っているかのように一気に人気を得ていき、気がつけば並ばないとプレイできなくなっていました。

ゲーム雑誌はこぞって『ストリートファイターII』を取り上げ始め、数多くの特集を組み、ゲームセンターに縁の無かった子供まで巻き込んでいきました。また、その人気はゲームと関係の無いメディアでも採り上げられるようにまでなり、TVでも多く採り上げられました。当時のアーケード専門誌であるゲーメストなどでも読者の反応は凄まじく、読者投稿欄は今見ると笑えるほど『ストII』関連のものばかりでした。

スト2(3)

その人気を受け継いだ形ですぐにスーパーファミコンへの移植を発表したカプコンの手のつけられないような上昇っぷりは、「この先いったいどうなってしまうんだろう」と思うほどで、傍から見ていて怖いほどでした。

カプコンが特別に莫大なお金をかけてプロモーションを売ったわけでもなく、本当にゲームの面白さだけで一つのムーブメントを作ってしまった『ストII』は今思い出してもやっぱり特別に凄かったなと思います。



ちなみに、一番上の同キャラ同色対戦の画像は裏技をつかったものです。普通の『ストII』の画像じゃつまらないかなと思い選んでみました。

テーマ:レトロゲーム - ジャンル:ゲーム

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