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wikipediaに載っていないアンディ・フグの話
アンディ

アンディ・フグというと「K-1」でのイメージが特にクローズアップされ、その衝撃的な死とともに、半ば伝説的に語られますが、実は彼の人生はK-1以前の方が凄かったりします。

スイスのウォーレンという労働者階級の町に生まれたアンディ・フグは、三つ上の兄と五つ上の姉、そして祖母の四人家族で育ちました。父はアンディが生まれた頃から家にはおらず、母は精神病院に入退院を繰り返し子供と暮らすことはありませんでした。

祖母の少ない年金を頼りにした貧しい生活で、両親もいないアンディは周りの子供にいじめられ、毎日のように喧嘩を繰り返しました。そんな苦しい生活の中で彼の心の支えになっていたのは、祖母から聞かされていた父の話でした。フランス外人部隊の傭兵として二十年以上も世界を旅し続けているという父が彼の心の支えになっていました。

12歳の時、生まれて初めて父に会える機会を得たアンディは、待ち合わせ場所のバーに入ると、野蛮で酔っ払った見知らぬ男が地元の客と喧嘩しているのを見かけます。喧嘩が終わるとその男はアンディの顔を見ようとやってきました。その男が初めて会う父親でした。幼心に描いていた父親の幻想は崩れ、恥辱と精神の暗闇だけが残りました。

当時、ブルース・リーの影響もあり街に空手道場ができ、年上の子に連れられて見に行ったアンディは感銘を受け、道場に通おうとしますが、貧しさから祖母に反対されます。しかし、アンディは自分でお金を稼げば問題ないと考え勝手に道場へ通い始めます。

14歳になると、アンディは金を稼ぐために夜こっそりと家を抜け出して違法賭博場に顔を出しはじめます。そこで街のごろつきと組んでいかさまをやり、金を稼ぎました。そのお金で空手道場の月謝を払いました。

祖母はいつも金を持っているアンディを不審に思いました。ある日、アンディがバイクを手に入れて帰ってくると、祖母はアンディが悪いことをして金を儲けているに違いないと確信し、アンディを諭しますが、アンディは聞く耳を持ちませんでした。

15歳の時、父親がタイで死んだという知らせを聞きますが、アンディは何の動揺も無く日々空手に打ち込みました。そして15歳の若さで空手のスイス代表チームのメンバーに選ばれます。その後、スイス国内の全国選手権を四連覇し新聞でも大々的に報じられました。祖母も自分の孫を誇りに思うようになりました。


その後は、だいたい世間でも知られているように、空手で名を上げK-1へ、という感じです。

賭博場でのいかさまに関してアンディは後年、「僕はそういうことが凄くうまかった」と語っていますが、彼の落ち着き払った表情はそういうところで培われたものだったのかもしれませんね。

テーマ:K-1 - ジャンル:スポーツ

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